フルートのための新たなる響き

―20世紀のフルート奏法―


  1. ピッチの変化
    1. グリッサンド奏法
    2. 微分音程(微分音)
  2. 音質の変化
    1. ハーモニクス(フラジオレット、倍音奏法)
    2. 替え指
    3. ビスビリャンド・トリル(カラートリル)
    4. 発声奏法(グロウル)
    5. 「音色の開発者」による変化
  3. 多声音(ポリフォニー)
    1. 重音奏法
    2. 発声奏法
  4. 発音や呼気による効果
    1. キー・パーカッション(キー・クリック、キー・クラップ)
    2. スラップ・タンギング(リップ・ピッツィカート、クアジ・ピッツィカート)
    3. タングラム
    4. フラッターツンゲ(フラッター、フラッタータンギング、巻き舌)
  5. 音色開発の新しい探索法
    1. ホイッスル・トーン(ウィスパー・トーン)
    2. バズィング(トランペット・アンブシュール)
    3. 音色のない強い呼気(ジェット・ホイッスル)
  6. 付表:カバードキー・フルートのための四分音の運指表

Version 3.1e,2005年10月
出典:http://www.sfz.se/より

©マッツ・モーレル[Mats Möller]/Sforzando Productions 1987/2003

フルート奏者や作曲家による配布、使用されるのは許可しますが、販売目的の提供や出典無記載の使用は認めません。

(翻訳:御厨啓補 2009)

A. ピッチの変化

1. グリッサンド奏法(伊. スライディング)

グリッサンド奏法とは、以下のことを示す。
a. 音階の演奏によって指示された音程を満たすこと。
b. あるピッチから他方へ連続的に滑らせること。

それぞれ以下の方法で演奏される。
a:
1. テンポやグリッサンドの始めと終わりの音符の間隔に依存して、
主に半音階、もしくは音程をより広くとる音階を用いて指示された音程を満たす。
2. 場合によっては四分音の音階を用いて指示された音程を満たす



b:
1. アンブシュアに加え、フルートを内側もしくは外側に回転させることを用いる。
2. リングキーの場合、キーの穴をふさぐ程度を徐々に変化させる。
3. タンポの傷んだフルートの場合、キーをゆっくりと開閉する。
4. キーの取り付けられている軸を曲げることによって、キーが完全に覆わない状態にする。



2. 微分音程

半音よりも狭い、すなわち100cent未満の音程のことである。

a. 四分音(50cent)は、次のように演奏される。
1. カバードキーにおいては主として新しい運指を用いて、リングキーにおいては新しい運指を用いるか、わずかに穴を不完全に開ける。(新しい運指は音色もまた変えてしまう。)
2. アンブシュアを変え、フルートを内側か外側に向ける。(それほど正確ではないが、1.ほど音色を変えることはない。)
表記法:

四分音上げる。
四分音下げる。
3/4音上げる。(半音上げる+四分音上げる。)
半音上げる+四分音下げる。
半音下げる+四分音上げる。
3/4音下げる。(半音下げる+四分音下げる。)

四部音の下降音階-そして上昇音階-このように書かれるだろう。



b. 五分音、八分音など
新しい運指もしくはアンブシュアの変化を、場合によっては組み合わせて演奏される。表記は多くの場合譜面ごとに異なる。

c. 微分音によるトリル
たいていは譜面に指示された運指を用いて演奏される。ビスビリャンド・トリルもまた、比べればわかるが、微分音程トリルとみなしても構わない。

B. 音質の変化

1. ハーモニクス

第一オクターブのC(ド音)の倍音列:



ならす音を、もしくは倍音を構成するための根音を伴って記載される:



別の根音から同じ倍音を演奏することも可能:



2. 替え指

替え指は音色そのものを替えてしまうだろう。また微分音運指を使い、ピッチを正しく調整して吹くことで、新しい音色を作ることもあるだろう。これらは「ビスビリャンド」、もしくは「ホロートーン」と呼ばれている。たいていは運指を伴って記譜されるが、極稀に運指が書かれていないこともある。

3. ビスビリャンド・トリル

通常運指と音色の違う運指を素早く交互に変える奏法のこと。これらのトリルは大概ピッチもまた変化する。

運指を伴って記譜される。

4. 発声奏法

演奏している音と同じ音を歌うことにより、音色を変えられる。演奏音と同じオクターヴで歌うとき、その演奏効果は最もはっきりと表われる。

記譜には、

もしくは

と書かれるだろう。

5. 「音色の開発者」による変化

アンブシュア、口腔、呼気の速度や圧力等を変えることにより、音色もまた変えられる。

a. 異なるアンブシュア、具体的には最良の音から単なる空気音までの様々なアンブシュア。「エオリアン音」や「ソッフィアート(伊:Soffiata)」、「スフレ(仏:Souffle)」とも呼ばれている。大概



のように記譜される。

b. 異なる母音の口腔。

上記のように、音声学的に記譜される。

c. 呼気の速度、圧及び乱れ。息を吐ききる寸前ほどに増された息の圧力によって、より虚ろな音色を作り出すことが可能である。また、舌で呼気を「乱す」ことによって同様の音を作ることも出来る。次のように記譜される。

C. 多声音

1. 重音奏法

2つ以上の音を同時に鳴らす(和音を出す)ことである。

(たいていは)替え指を用い、アンブシュアの変化を加え、息の圧力を増減させ、場合によっては呼気も乱して演奏される。大概は和音と運指を添えて記譜される。

重音によるトリルもまた可能である。

2. 発声奏法

演奏されているものとは異なるピッチを歌うことで、たとえば
a. 高音部を歌うこと
b. 別の音符を歌い、高音部を吹くこと
c. 対位旋律の2パート

1つのパートにまとめて、もしくは2つのパートに分けて書かれる。


D. 発音や呼気による効果

1. キー・パーカッション

息を入れずにキーを力強く閉じることで、機械的な雑音と同様の音を作り出すことが出来る。この効果を「キー・クリック」という。

キー・クリックには2種類ある―マウスピースを空けたままで行う方法、閉ざして行う方法である。普段鳴らす音に付加させて使うのもよく、またG♯キーやD♯キーのような「普段閉ざされている」キーを使うこともある。

a. 歌口を開けた状態でのキー・クリックは、以下のように記譜される。


必ずしも鳴らしたい音高のキーを叩く必要はない。実際、通常の穴より「上方にある」(より歌口に近い)キーを叩いたほうが、キー・クリックはより大きく鳴る。

例を挙げれば、

の運指の方が

の運指より大きなキー・クリックを得られる。

b. 歌口を閉じた状態でのキー・クリック。舌で歌口を塞ぐことで、楽器の持つ最低音よりも低い音のキー・クリックが可能となる。歌口を閉ざすことで、キー・クリックの音は長七度下がる。歌口を舌で閉ざす場合、が記載される。(と混乱しないように、こちらは唇や口で歌口を塞ぐことを示す)

歌口を閉じたキー・クリックは多くの場合運指と、運指に示された音と同様に実際鳴らす音を記譜される。例を挙げると、

あるいは

のように記載される。

c. キー・クリックと通常の音の組み合わせは、

もしくは

のように書かれる。

2. スラップ・タンギング

スラップ・タンギングとは、(撥)弦楽器のピッツィカートに非常に近い音を鳴らすフルートの演奏技法である。肺からの気圧を少しも掛けず、舌を使って短い音を瞬間的に放つことで作られます。

a. 通常のスラップ・タンギングは、以下のように記譜される。


b. キー・クリックとの組み合わせは、以下のように記譜される。


3. タングラム

タングラムとは、歌口を口全体で塞ぎ、その時に大きく且つとてもすばやく舌を歯にぶつける様に動かすことで鳴らされます。もっとも簡単な方法は、"HOT!"や"HT!"と言うことである。放たれた音は、運指の示す音より長七度低く響く。




と記譜される。

4. フラッターツンゲ

口腔内で舌を旗のように行き交わせることで生み出される断続的な呼気は、(擦)弦楽器のトレモロのような響きを生み出せる。フラッタータンギング中に舌を極力ゆるめておくことが重要である。




もしくは

のように書かれる。

E. 音色開発の新しい探索法

1. ホイッスル・トーン

開いていると同時に抑制されたアンブシュアと、非常に低圧の息を用いると、ホイッスル・トーンが可能になる。フルートの低音を吹くとき息の圧力を下げていくと、たまにこの音を得られる。ホイッスル・トーンは第3オクターヴを、その独特な運指を用いて操作するのが最も容易である。

様々な異なった―例えば下記のような―表記法が用いられている。


2. バズィング

唇を押しつけて、金管楽器のように吹くと、演奏可能である。

a. 歌口の穴に押しつける

b. 頭部管を取り除いたフルートの穴に押しつける。

この記号が書かれる。

3. 音色のない強い呼気

歌口全体を口で塞ぎ、フルートの音色を出さず楽器の中へ非常に強い息を直接吹き込むことで、「エオリアン音」と同様にして、より大きくより風の鳴るような音を伴った音色を得る。

この音は、エイトル・ヴィラ=ロボス作曲のフルートとチェロのための作品に従って「ジェット・ホイッスル」とも呼ばれている。この効果は、フルートを通して吸った息の音にも結びつくだろう。

この効果はしばしば音階の移動を伴って使われ、その時はこのように書かれる。

F. 付表:カバードキー・フルートのための四分音の運指表